森川和夫：廣重の風景版画の研究ー（１）
　古写真で読み解く広重の江戸名所

２６． 有田屋　江戸名所　隅田川之月
　山谷堀の川口近く、隅田川に夜の帳が下り、満月が東の空に上ってゆく。また、その月をかすめて雁が渡ってゆく。河畔の酒楼玉庄には軒提灯が灯り、楼内には酔客が芸妓と遊ぶ態が見え隠れする。渡し場には数隻の屋根舟が今しも舟遊山に漕ぎ出そうとしている。今戸橋を行き来する人物は何れもこの場にふさわしく風韻に富む。川向こうは墨一色に染まり、三囲稲荷の鳥居だけが夜目にも白くのぞいている。本図は広重の江戸名所絵中の優品と言っていいだろう。

江戸名所隅田川之月
広重江戸風景版画大聚成（小学館）

今戸町有明楼
大日本全国名所一覧（平凡社）

　山谷堀入り口を写した写真は数多くあるが、この写真は広重の絵と寸分違わない。写真と絵は寸分違わないが、広重の絵には掬しても余りある情趣があるのは、名所の要件が十分に整って風致に富む今戸橋の情景を彷彿させ、画中の人物がその情景に風趣を加えているほか、夕闇深まる隅田川の色彩処理が実に巧みなことを挙げなければならない。

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