森川和夫：廣重の風景版画の研究ー（１）
　古写真で読み解く広重の江戸名所

伊勢名所相之山（パリ国立図書館蔵）

同上、部分

　切通しの坂道を伊勢詣での旅人が登ってゆく。路傍に莚が一間程の間隔を置いて二枚敷かれ、夫婦者と思われる物乞い二人がそれぞれに座り、その前に四人の子供が芸を披露し道行く人に合力を求めている。莚に座った男のほうは菅笠をかぶり、やや背を丸め、左手に団扇太鼓を右手に撥を持っている。女のほうは姉さん被りで、立膝して三味線一挺を自らの前に横たえ、右手で撥を持っている。両人の所持するものはただひとつふたつの風呂敷包みで、そこはかとない哀感が漂う。子供の扮は刀を腰にした武士であったり、二刀流の使い手であったり通行人の注目を集めそうな形をしている。四人の子供のうちのひとりが今まさに旅人に追いすがるようにして無心をしている。旅人はそれに目もくれず歩き去ろうとしている。その前を行く菅笠の旅女が両手を拡げて呼びかけるもうひとりの子供のほうを振り返って見ている。その他の通行人は路傍の物乞いには何らの関心も示さず黙々と歩を進めている。最後尾に馬子に引かれる駄馬が描かれているが、いわゆる三宝荒神といわれる鞍には傘を差した三人の子供が乗っている。物乞いの先には数軒の小屋があり、その何れもに着飾った婦人の姿が見える。いずれ何かの商売をしているに違いない。切通しの両側には樹木が鬱蒼と茂り、落ち着いた色調で全体をまとめている。広重団扇絵作品中の優品であることに間違いはない。

　団扇絵の図柄の説明にスペースを割きすぎたかもしれないが、この絵の魅力は上に縷縷述べた路傍の物乞いである。これがいかなる商売であるのかにわかには判然としないが、豆粒のように描かれた6人の小人物にはそれぞれの表情が心憎いまでに見てとれる。まさに感に堪える広重の筆使いであるといえよう。

備忘： 「嬉遊笑覧」に三宝荒神について言及があるので引いておきたい。当節、旅行といえば、鹿島詣でというよりは、京、大阪、大和廻りが人気で、伊勢は順路であるから必ず参宮する、といっても神仏に参詣するのが主たる目的ではなく、眼目は遊楽にあることなどを述べ、馬の乗り方に及び、「左右に子供をのせ、大人中のりするを三宝荒神（さんぽうこうじん）といふ」と書かれている。広重の絵では傘をさしているので判然としないが、真ん中に乗っているのはあるいは大人かもしれない。

　同じく「嬉遊笑覧」には、 伊勢間の山（あひのやま）の女こじき」への言及もある。曰く、「伊勢間の山の女こじき、又は比丘尼等が、往来の人の衣服をさして早口に「島さん」「紺さん」などわめきいふは、もと茶店にて人を喚しにならへる也」と。物乞いの先に数軒の板葺きの小屋があり、着飾った女の姿が描かれているのが、これが、この女こじきなのだろうか。もしも、そうだとすれば、通りがかりの旅人に「島さん」「紺さん」と声をかけたか。

　 また、この間の山の女乞食は俗称「お杉」「お玉」。床几に腰を掛け、三味線にあわせ間の山節をうたい、往来のものが投げる銭を巧みにかわすことで有名であったという（日本古典文学大系「川柳狂歌集」（岩波書店・昭和33年））。所収の川柳は、

　江戸者でなけりやお玉が痛がらず

　京・大阪のものが投げる銭は巧みにかわし、痛い思いをすることもないお玉だが、気前のいい江戸者が投げる多くの銭はかわしきれない。広重描くお杉、お玉はあまり商売繁盛しているようにも見えないが。 　 　

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