森川和夫：廣重の風景版画の研究ー（２）
　広重と「江戸名所図会」

１３．名所江戸百景　千束の池袈裟懸松
　岩波本「名所江戸百景」のヘンリー・スミス氏は、「この絵は江戸名所図会の挿絵によるところが大きいが、広重は、実際にこの地を訪れたことがわかる。例えば、松のまわりには柵がめぐらせてあり、少し離れたところには、天保三年（1832）年の日付のある現在も残る石碑を描いているという点である」と書いていられる。すなわち、江戸名所図会にはない情報が広重の絵には描かれている。その上で、広重はこの絵の原型を「江戸名所図会」に求めたとしているのである。

　
千束池・袈裟掛松
原寸復刻江戸名所図会・上（評論社）

千束池袈裟掛松
絵本江戸土産第三編

　作画年代の順番として、広重の「絵本江戸土産」を見ると、例の石碑、松の周囲の柵、周囲の人家などが描かれ、広重が実地検分の上、写生したことを思わせる。しかし、堤上を進む人馬、その後を行く人物などは「江戸名所図会」そのままだし、絵の大局はやはり図会を参考にしたと考えるのが妥当であろう。例によって、書き込みを「江戸名所図会」本文と比較してみると、やはり「図会」を参考にして書かれたことが分かる。

名所江戸百景千束の池袈裟懸松
広重江戸風景版画大聚成（小学館）

　名所江戸百景は「江戸名所図会」と「絵本江戸土産」を折衷し、それを竪絵にまとめた。再び、スミス氏を引くと、彼は「絵は図会の描き出した原型からそれほど外れてはいないので、よくある風景画という感じになってしまった」とし、広重が図会の絵組みに引きずられ広重としての特色を出すことができなかったと総括している。概ねそう考えていいのではないだろうか。

>　next