森川和夫：廣重の風景版画の研究ー（２）
　広重と「江戸名所図会」

３５．絵本江戸土産　佃白魚網夜景
　長谷川雪旦の江戸名所図会「佃島白魚網」は、前面に大きく四手網をを描き、右手に網を沈めた漁舟を、その背後に佃島を配している。今回採り上げる広重の絵本江戸土産「佃白魚網夜景」を見ると、雪旦のように俯瞰的ではないが、中央に大きく四手網を、右手に網を沈めた漁舟を、そして、その背景に佃島を描いた点は江戸名所図会によく似ている。

　 広重描く佃島白魚漁といえば、例えば永代橋の橋脚を大きく描き、その陰にそっと白魚漁の篝火を焚くなど、情趣を重んじる絵組が普通だが、本図は常の広重に似ず、白魚漁を画面いっぱいに描いている。確証はないが、広重はある程度雪旦の絵を参考にしたのではないだろうか。

　江戸名所図会「佃島白魚網」
　原寸復刻江戸名所図会（評論社）

　絵本江戸土産 　佃白魚網夜景

　雪旦の絵を仔細に見ると、彼の特徴がこの絵にも存分に発揮されている。手前の舟には漁師が二人乗っているが、うち一人は退屈して背伸びし、今一人は四手網を引き上げ、かかった白魚をさらに小網で掬ってビクに移している。このような説明的な人物描写の芸の細かさがいかにも雪旦的ではないか。しかし、説明的な描き方はややもすれば絵から情趣を奪ってしまう。広重は人物を説明的に描くことこそしなかったが、全体の絵組みを雪旦に倣ったためか、絵が幾分挿絵的になっていると言えば言えよう。

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