森川和夫：廣重の風景版画の研究ー（２）
　広重と「江戸名所図会」

９．名所雪月花　多満川秋の月あゆ漁の図
　広重の絵が「江戸名所図会」の挿絵に酷似しているものをいくつか連続して採り上げたが、この名所月雪花「多満川秋の月あゆ漁の図」もの部類に属する資格充分である。

玉川猟鮎
原寸復刻江戸名所図会・中（評論社）

名所月雪花多満川秋の月あゆ漁の図
広重江戸風景版画大聚成（小学館）

　「名所江戸図会」の挿絵には、6〜7人の人物が比較的大きく描かれている。一方、広重の絵を見ると、そのほとんどが「江戸名所図会」そのままといっていいほど似通っている。人物の描写を得意とする広重が、これほどまでに雪旦の絵を借用した例は珍しい。いかに知的所有権の概念が希薄であった江戸時代とはいえ、広重はいくばくかの良心の呵責を感じたものと想像される。しかし、広重は満月を配した夜の景とし、良心の呵責も吹き飛ばす広重独特の世界を作り出した。やや散漫でまとまりのない雪旦の絵が、広重の手にかかると、かくも魅力的な絵に生まれ変わる。ただただ感嘆するのみである。

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